昭和52年11月21日 田中家霊祭
神様にお例を申させて頂いておったら、「耳地(じじ)婆の同じ着せるや福寿草」ということを頂いた。あのほんとにあの、そのじじと言うのが、始め「耳」と言う字を書いて、大地の「地」と頂く。「耳の地」と。そしてどういうことだろうかと思いよったら、あの次の「婆」とこう、はあ、これは「じいじ」と読むんだなと。「耳」というのと「地」というのはね。「耳地婆の同じ着せるや福寿草」と。
年寄り、あのお爺ちゃんとお婆ちゃんが、言うなら仲むつまじゅう「福寿草」といことは、おかげを頂いておる姿ということだと思うですね。そこで分からせて頂かにゃならんことは、その「耳地」というその耳の地ということは、例えば御教えを頂く。ここで黙って治めるとか、目に見えるところより目に見えないところを大事にするとかと言う、その生き方を身に付けていくということは、そのまま大地の信心だと。
大地が黙って黙って、受けて受けて受けぬくということ。だから教えを頂いて教えを頂くということ。頂いて例えばこの御教えを守らなかったら、それこそ馬の耳に念仏と言うように、聞いても何にもならないということ。言うならほんとにあの、聞いたことを大地の信心を持って、もう責めず、言わず又は一切の難儀であろうが、これはまあ有り難いこと、有り難くないこといろいろある。言うなら降ることもありゃあ照ることもある。そのことを、あの黙って治めて受けて行くというのが大地の信心。
ですからどういう素晴らしい教えを頂いても、それを守らなかったら馬の耳に念仏ということになって、というその耳地というのはそういう意味だとこう思う。今日のお祭を奉仕させて頂いて、ほんとにもし、お爺ちゃんお婆ちゃんが、今長生きのおかげを頂いておったら、もうほんとにあたくしは、今日この様におかげを頂いて、どんな極楽でもしてもらえただろうとこう思うんです。
生前は言うならば、それができなかったけれども、それこそ小遣い銭やらたばこ銭やら、きっとさしあげます。その為に1冊くだんのごとしと言う様に私しが子供の時にそのお爺ちゃんお婆ちゃんに約束しておったようなことが、もうほんとに十二分に約束が果たせられただろうとこう思う。けれどもまあこの世にある時、私自身もまあだやっとかっとの時だから、ただ思いだけはあっても、その何形の上で極楽してもらうことも出来なかった。痒いところに手の届くようなおかげも頂けておっただろう。
けれども、ほんと思うだけで痒かとこを掻いてあげられなかったようなことだったけれども。けれどもここんところに魂の世界ということの実在というか、を分かれば分かるほど、あたしは思うんですけどもね。今日の先ほどお祝詞をまあ奏上文をする時に、御霊様の名前が、今日はあの若先生が、「きくね」と言うのを「いくひさ」と読んだんですね。あれはあのきくねと読む。田中ますたろうきくね。で翁の霊神。それからお婆ちゃんの送り名が誰でも読めんわけ。
あたしも、これ親先生何と読むかと言われても読みきらん。これはあたしが頂いたっちゃけれどもね、もうその20年にもなることだから覚えないんです。もうそれが「こけ」と言う字と「む」と言う字と「じゅん」と言う字が書いてある。だから「こけむじゅん」と言うわけにもいかんが、どういうことかと思いよったら、はあ私が思い出させて頂いてね、これはあの「こけむす」と読むんだと、ね。
苔むすおおなの霊神と言う、送り名を頂いたことを改めて思い出させてもらって、これは仮名使いしとかんと、後々の者が読みきらんよと言うて、言うたことじゃったけれどもね。そのしかも苔むすと言うのが、じゅんという字なんです。三本川を書いて頁と書いてある。こうだから反対に、いかにゃいかんとじゃないでしょうかちゅって言いよったら、後から字引きを引いたところが、その「じゅん」と書いて「す」と読むんですね。これは神様のくださったものが、間違いないと言う事の意味であって、ここ1日2日それをしきりに考えるんです。
というのはあの宮崎さんところの今度は孫ができておるのに、お名前を頂きに来たのに恭三さんの「恭」と言う字ですね。恭子の「恭」を書いて、この「やす」と読む。「やすの恵」と書いて、「恭恵(やすえ)」と頂いた。その時あの宮崎さんが何か妙な顔して頂いて帰られたんです。そしたら明くる日出てきてから、「先生これどのようにかけてもこれは「恭」という字で「やす」と言う字には読まんから」なら、私が無学なもんだから、神様に対してこう頂いたけれど、なら書きなおしてやろうと言うて、安泰の泰とこれなら誰でも「やす」と読むから、泰恵と書き直してやった。
そして「これは神様に頂いたのだから、やっぱりあのどこにご神意があるじゃ分からんから、始めに書き下げて頂いたのも持って帰ってください」と言うて、持って帰ってもらった。そして小倉の方へもって行かれたところが、向こうのお父さんが、なかなかの学者で、勿論字引きを引かれたら、その「恭」という字が「やす」と読むんですね。そしてこれの方がとてもよか名前じゃけんで、ちゅってその向こうのおじいちゃんがですね、ぜひその後からんとじゃない、先に付けて頂いた字に頂きたいと言われて。
まあ昨日あの、親子3人で稲垣さん達がお礼に出て見えて、「ほんとに神様の頂いた名前をやっぱ押し返すようなことして」と言うて、お詫びやらまたお礼やら出て見えたけれども。もうほんとにあの、例えば今日の「こけむす」の「す」であろうが、20年前頂いたこと。これは書き直さなんじゃろか。字が間違うとっとじゃろうかと、こう思うけれども、実際は神様に頂いておることは、一分一厘間違いがないということ。
だから神様から頂くことは一分一厘間違いがないならば、ということが分かったら神様から頂くことを一分一厘間違いなし行の上に現していって、初めて信心ということになる。今日の耳地、耳地と婆、同じ着せるじゃ福寿草とこういう今は、もう痒いところに手が届くような、しかも老夫婦が仲むつまじゅう、そのー、ひとつのきせるであっち吸うこっち吸うしておるということは、これはもうむつまじゅうということ。福寿ということは、もちろんおかげを頂いておること。
今いた、今になら私しは、これは今日のお祭りは、田中のお祭りばってん本当は、あのあたしのお祭りでもある。だから大坪と田中との言うなら一緒にお祭りを仕えにゃならんほどしの、意味の深いお祭り。例えばその「菊根」ということを頂いても、「菊根」ということは菊の花と、菊の根と頂かなきゃならん。言うならば、ここの信心の根ということにもなる。苔むすということは、あの永久にということ、永遠にということ、ね。あの君が代に「こけのむすまで」という言葉があるでしょう。
言う様に、あの永遠のおかげと言う事。言うならばそういう永遠に救われ、助かっていく事の根であった元を作ってくれた。ならあたしにとっては叔父であり叔母であり、あんたにとってはお父さんでありお母さんであり、しかも私しが幼少の時に、まあ一方からの世話を頂いておると言う事。そしてならお約束通りになっておるよう、お約束が生前には果たせなかったけれども、魂の世界に入られて、まあ言うならほんとに痒かとこに手の届くような事もしてさせあげれるように段々おかげを頂いてきた。
しかもこれが永久に続かせて頂けれるということが、まあ信心のおかげだ、お徳だと思うんだけれどね。今日は、お装束つける前に、私はいつもの教衣をつけて出ろうと思うて、お舞があっとったから、是非と言うのであの出てここへ出てきて、それからそれもやっぱりお名前を頂く、あのう丁度お風呂へはいっとったら、新田さん方の孫がでけた。そのう、お父さんになる方は、お名前頂きにきとるっち。
それから今日の御霊さんのお祭りのことやらそのお名前はどげな風に頂くじゃろうかと思うて、で、風呂の中で極楽しとったら頂くとが、「人乍(にんながら)」ということを頂く。人と一緒になる。これは「作」という字になる。「作る」という字になる。だから、ははあ、これはそして2番目の息子だから、「作次」と頂いた。そして、神ながらなおかげを頂くその前提として、「人乍」の言うならば精進がなされなければ、神ながらなおかげは受けられんとね。
言うならば、おじいちゃんとおばあちゃんが人乍、言うならば、この世のいろんな様々な修行もさせて頂いたということが、人乍なら、御霊様の中に、魂の世界に入って、言うならばあのー、娘がおった。甥の大坪総一郎がおったということでよって、いわゆるいよいよ神ながらなおかげが頂けていくという、その2つの、今日御霊様のお祭りのことを思うたら、その名前のこと頂きよったらそれを頂くからね。
まあそんな今日の御霊の送り名も20年も前、35年も前の、御霊さんたちのその送り名が、まあそう頂いてみて初めて、その意味の深さ、神様のその願いというか思いの深さ「菊根」と言い、「こけむす」と言い、御霊の送り名の意味の深さに、また今日は一段私は信心の尊さということを分からせて頂いたんだけれども。後に残らせて頂く者としてどうでもひとつこの耳地のおかげね。言うならば、耳地のおかげというのは、言うならば耳の地と書いてある。
頂いた事を大地の信心で、受け抜かせてもらうという、そういう信心がほんとに身についた時に、私共も人生のおかげも頂かれる事であると同時に、言うならば私共が、魂の世界に入ってからも、この信心をあちらへ持って行けると言う事にもなる。ただ馬の耳に念仏で、ただ生前に沢山な、有り難い教えを頂いておったというだけでは、折角の魂の清まりにも、魂を持って行けるという、お徳にもならない事になる。
これはもう本気でもう最近私は愈々思うことは、愈々目に見えない事、目に誰も知らんけれども、それを愈々本気で行じさせてもろうて、自分の心の中にその喜びを頂いていくけいこ。同時にほんとに大地の信心をさせてもろうて、合楽ではまあその黙って治めるということがいわれるが、黙って治めるということ。もうほんとに有り難い有り難いこのお祭りを。と、思うておったらどうですか。
それこそ篠突く雨でしたね。ご祭典中。もうこれはもう天地が滋養になってござるという証拠です。お湿りと言う事は、お恵みと仰るからね。こういう天地が自由になるほどしのおかげとお恵みを受けておる御霊だというお知らせでもあったろうと思う。もうさっきほどまでそれこそかんかん照りのあの良いお天気が、ほんの祭典中しばらくだけ、それこそ篠突く雨でした。と言うほどしのおかげも、御霊のだけではない、あたしたちもそういうおかげが受けられるんです。
それにはやはりあたしたちがいよいよ本気を基にした生活ができなきゃならんということである。この二方の御霊様のお祭りは、合楽のある限り、おそらくは田中の家と大坪の家の合作のようなお祭りになることだろうと。これを子供達にも孫達にもやっぱり言い伝えて、これは菊根ぞ。言うなら「こけむす」までぞという話を残して、残し抜いていかなきゃならんとそんな風に思いますね。
どうぞ。